岩槻(いわつき)【埼玉県】
登場作品…TOKYO

2005年の携帯版TOKYOで初登場。

岩槻は携帯版TOKYOとDS版TOKYOのマップ変更の影響を一番受けた駅かもしれない。

携帯版では野田線再現で春日部・大宮と繋がっていたが、
路線が繋がりすぎていることによる単調なゲーム展開防止の為、DS版では野田線が春日部方面にしか繋がらず。
大宮から岩槻に行くには大宮→池袋→北千住→春日部→岩槻と行くルートになった。
この辺りは桃鉄研究所を参照。



●五月人形工房(TOKYO)
URL:https://doll.or.jp/about/

現在、「江戸木目込人形」・「岩槻人形」が経済産業大臣から伝統的工芸品として指定され、生産量・生産額とも日本一の人形のまちとなっている。

岩槻が人形で有名になったのは江戸時代。
徳川家光が日光東照宮造営にあたり、全国から優れた工匠を集めた。
当時岩槻は日光御成街道の江戸から最初の宿場町で、工匠達の中に岩槻に住み着いた者がいたことと、
周辺が桐の産地だったことから、箪笥や人形が多く作られるようになった。

特に元禄10年(1697年)京都堀川の仏師・恵信が岩槻で病に倒れ、時の岩槻藩主小笠原長重氏の藩医の治療を受けて回復後も岩槻にとどまり、
人形作りに欠かせない「桐塑頭」の技法を生み出したと言われている。
この技法は藩の人々に受け継がれ、幕末には人形は岩槻藩の専売品に指定されるほど重要な産業となっていた。

2020年開館なので、絶対に元ネタでは無いけれど、
一番まとまっているので「岩槻人形博物館」へ。行った時は特別展がやっていなかったので、思ったよりもアッサリ。
でも面相描きの映像は面白かったな。





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